大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成7年(行ケ)107号 判決

東京都渋谷区幡ケ谷2丁目43番2号

原告

オリンパス光学工業株式会社

同代表者代表取締役

岸本正壽

同訴訟代理人弁理士

古川和夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

臼田保伸

及川泰嘉

犬飼宏

関口博

主文

特許庁が平成4年審判第6611号事件について平成7年2月20日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成4年4月17日、発明の名称を「カセットアダプター」とする特許第1346610号につき、明細書の訂正審判を請求し、同年審判第6611号事件として審理されたが、平成7年2月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年3月15日原告に送達された。

2  審決の理由

(1)  本件審判請求の要旨

本件訂正審判の請求の要旨は、特許第1346610号の明細書の特許請求の範囲の欄を「記録再生機に装填されて記録再生が行われる標準型テープカセットとほぼ同形同大の外形枠と、この外形枠の中にテープ巻取用の歯車を有した小型テープカセットを上方から装填するためのカセット嵌合部と、記録再生機の駆動軸に係合して駆動される少なくとも1つの伝動体と、一部が上記カセット嵌合部内に常時張出した状態で上記カセット嵌合部の側方に位置し、上記伝動体と連動すると共に上記小型テープカセットが上記カセット嵌合部に装填されたとき上記テープ巻取用の歯車と軸線方向の移動で噛み合って上記伝動体からの動力を上記テープ巻取用の歯車に伝達する歯車と、を具備したことを特徴とするカセットアダプター。」に、発明の詳細な説明の欄中の「さらに、本発明では、伝動体と連動し、小型テープカセットの歯車と噛み合う歯車をカセット嵌合部の側方に位置せしめたので、アダプターの薄型化を図れるものである。」を「その上本発明では、小型テープカセットを上方からアダプターに嵌合装填するようにし、小型テープカセットのテープ巻取用の歯車とアダプターの歯車とを軸線方向の移動により噛み合わせるものであるから、両者を連結するために可動式の中間伝動装置を設ける必要がなく、部品点数が少なく簡単な構造のアダプターとすることができる。」(以下「訂正事項〈4〉」という。)にそれぞれ訂正するとともにこの特許請求の範囲の訂正に準じて同明細書の他の個所を訂正しようとするものである。

(2)  訂正拒絶理由の概要

これに対して、当審は、平成6年10月20日付けで訂正拒絶理由を通知したが、その概要は、訂正後の特許請求の範囲における〈1〉「小型テープカセットを上方からカセット嵌合部に装填する」点、〈2〉「一部が上記カセット嵌合部内に常時張出した状態で上記カセット嵌合部の側方に位置し」の点、及び〈3〉「上記小型テープカセットが上記カセット嵌合部に装填されたとき上記テープ巻取用の歯車と軸線方向の移動で噛み合って」の点は、いずれも新たな構成要件を付加するものであって、本件発明の特許請求の範囲を減縮するものに相当しないものであり、発明の詳細な説明における上記訂正事項〈4〉は、新たな構成要件に基づく新たな作用効果を付加するものであるから、本件発明の特許請求の範囲を実質上変更するものであるから、本件訂正は特許法126条1項1号及び2項の規定に違反する、というものである。

(3)  請求人(原告)の意見

この訂正拒絶理由通知に対して、審判請求人は、平成6年12月27日付けの意見書を提出し、以下のとおり主張する。

(イ)特許請求の範囲の減縮とは、元の特許請求の範囲に記載された各構成要件に明細書中に記載された範囲内において技術的に限定を加えて行うのが通常であり、したがって、元の特許請求の範囲に記載されていない事項が付加されるのは当然であって、元の特許請求の範囲に記載されていない新たな構成要件を付加するものは、全て特許請求の範囲の減縮に当たらないとするのは、論理的に矛盾する。

(ロ)特許請求の範囲の実質的変更について、特許請求の範囲の減縮であっても特許請求の範囲を実質的に変更するとするのは、特許請求の範囲の減縮のため新たに付加した事項が、元の特許請求の範囲に記載されている構成要件とは無関係な事項であり、それにより元の発明の目的の範囲を逸脱するものとなる場合である。

(ハ)上記訂正事項〈1〉、〈2〉及び〈3〉は、いずれも元の特許請求の範囲に記載された各構成要件に、明細書又は図面中に記載された範囲内においてそれぞれ技術的に限定を加えて減縮したものである。

(ニ)発明の詳細な説明の欄における発明の効果に関する上記訂正事項〈4〉について、上記の訂正事項〈1〉、〈2〉及び〈3〉により、テープカセットをアダプターに附加(嵌合取付け)する態様を具体的に限定したことに伴い、部品点数が少なく簡単な構造のアダプターとすることが訂正後の発明の作用効果として生じたものであり、この作用効果は、本件発明の目的に付随する副次的なものであり、本件発明の目的を逸脱するものではない。

(ホ)以上のとおり、本件の特許請求の範囲の訂正事項は特許請求の範囲の減縮に相当し、また発明の詳細な説明の欄における発明の効果に関する訂正事項を含めて特許請求の範囲の実質的変更に当たらない。

(4)  当審の判断

ところで、請求人は、特許請求の範囲の減縮とは、訂正前の特許請求の範囲に記載された各構成要件に明細書中に記載された範囲内において技術的に限定を加えて行うのが通常であると主張しているが、特許請求の範囲の減縮とは、訂正前の特許請求の範囲に記載された事項によって構成される発明の範囲内において、発明の詳細な説明の欄及び図面の記載からみて、当該発明の技術的範囲を減縮するように当該事項を削除したりあるいは限定したりするものであり、訂正前の特許請求の範囲に記載されていない事項を付加する場合でも、その記載されていない事項は、訂正前の特許請求の範囲に記載された事項に基づき、当該発明の技術的範囲を減縮するように、当該記載された事項に限定を加えるものでなければならないのであって、付加される新たな技術的事項が訂正前の特許請求の範囲に記載された事項に基づかなければ、特許発明の発明の詳細な説明の欄及び図面に記載された範囲内、すなわち、一実施例の記載範囲内であっても、当該新たな技術的事項を単に形式的に付加することは、特許請求の範囲の減縮には当たらない。

すなわち、上記新たな技術事項は訂正前の特許請求の範囲に記載された事項により把握される発明の技術的範囲に包含されないことになり、「特許請求の範囲の減縮とは、訂正前の特許請求の範囲に記載された各構成要件に、当該特許請求の範囲の欄に記載された事項を除く明細書中に記載された範囲内において技術的に限定を加えて行うのが通常である」とする請求人の主張は、妥当でなはい。

そこで、上記訂正事項を審理するに、訂正事項〈1〉については、本件特許発明の特許請求の範囲には、小型テープカセットをカセット嵌合部に装填する場合、装填する方向、例えば一定方向から装填する点について何ら規定しておらず、特に該カセット嵌合部の上方から装填するための具体的な構成も特定されていないから、訂正事項〈1〉とする訂正は、新たな構成要件を付加するものであり、本件発明の特許請求の範囲を減縮するものに相当しないのは明らかである。

上記訂正事項〈2〉については、本件特許発明の特許請求の範囲には、記録再生機の駆動軸に係合する伝動体と連動する歯車は、カセット嵌合部の側方に位置していると記載されているだけで、当該歯車がカセット嵌合部内に常時張出した状態にある点については何ら規定されていないから、訂正事項〈2〉とする訂正は、新たな構成要件を付加するものであり、本件発明の特許請求の範囲を減縮するものに相当しない。

また、訂正事項〈3〉については、本件発明の特許請求の範囲には、記録再生機の駆動軸に係合する伝動体と連動する歯車はカセット嵌合部の側方に位置し、小型テープカセットがカセット嵌合部に装填されたとき伝動体からの動力をテープ巻取用の歯車に伝達すると記載されているだけで、当該歯車がテープ巻取用の歯車に噛み合うことは何ら規定されておらず、さらに、当該歯車がテープ巻取用の歯車と特定の方向、例えば、軸線方向の移動で噛み合うことも規定されていないから、訂正事項〈3〉とする訂正は、新たな構成要件を付加するものであり、本件発明の特許請求の範囲を減縮するものに相当しない。

すなわち、上記訂正事項〈1〉、〈2〉及び〈3〉は、いずれも訂正前の特許請求の範囲に記載された事項によって構成される発明の範囲内において、当該発明の技術的範囲を減縮するように、当該事項を限定するものではない。

さらに、上記訂正事項〈4〉については、上記のように「小型テープカセットを上方から嵌合装填するようにし、小型テープカセットのテープ巻取用の歯車とアダプターの歯車とを軸線方向の移動により噛み合わせる」という訂正事項〈1〉及び〈3〉は、本件発明の特許請求の範囲の記載事項から逸脱するものであって、この点の新たな構成要件を付加することにより、訂正前の「伝動体と連動する歯車をカセット嵌合部の側方に位置せしめたので、アダプターの薄型化を図れる」という作用効果に代えて、本件発明の発明の詳細な説明に記載されていない「両者を連結するために可動式の中間伝動装置を設ける必要がなく、部品点数が少なく簡単な構造のアダプターとすることができる」という新たな作用効果を付加するものであるから、上記訂正事項〈4〉とする訂正は、「部品点数が少なく簡単な構造のアダプターとする」新たな目的を発生するものであって、本件発明の目的を逸脱するから、本件発明の特許請求の範囲を実質上変更するものである。

(5)  むすび

以上のとおりであるから、本件訂正審判の請求に係る訂正は、本件発明の特許請求の範囲の減縮に相当するものでもなく、また、本件発明の特許請求の範囲において新たな構成要件を付加することにより実質上特許請求の範囲を変更するものであるから、特許法126条1項1号及び2項(平成6年法律第116号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に違反するものであるから、容認することができない。

3  審決を取り消すべき事由

審決の理由(1)ないし(3)は認める。同(4)、(5)は争う。

審決は、特許法126条1項1号及び2項の解釈を誤ったため、「本件訂正審判の請求に係る訂正は、本件発明の特許請求の範囲の減縮に相当するものでもなく、また、本件発明の特許請求の範囲において新たな構成要件を付加することにより実質上特許請求の範囲を変更するものである」と誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。

以下、訂正事項〈1〉ないし〈4〉についての審決の判断の誤りにつき主張する。

(1)  訂正事項〈1〉について

訂正事項〈1〉は、アダプターの外形枠中に形成する小型カセットを装填するための嵌合部の構成を、出願公告時の訂正前明細書に唯一の実施例として示されている小型テープカセットを上方から装填することが可能な構成に限定したものである。

審決は、本件発明の特許請求の範囲には、小型テープカセットをカセット嵌合部に装填する場合、装填する方向について何ら規定しておらず、特にカセット嵌合部の上方から装填するための具体的構成も特定されていないから、訂正事項〈1〉とする訂正は、新たな構成要件を付加するものであり、本件発明の特許請求の範囲を減縮するものに相当しないとしている。

しかし、訂正事項〈1〉は、上記のとおり、訂正前の特許請求の範囲に記載された「小型カセットを装填するためのカセット嵌合部」を実施例に基づいてその下位概念に限定したものであり、技術的範囲としてみても、表現上小型カセットを横方向(側方)から外形枠中に装填する構成の嵌合部も包含していたのを、これを排除して「小型カセットを上方から装填するためのカセット嵌合部」に限定したものであって、明らかに技術的範囲を限定するものである。

したがって、訂正事項〈1〉についての審決の判断は誤りである。

(2)  訂正事項〈2〉について

訂正事項〈2〉は、訂正前の特許請求の範囲に、記録再生機の駆動軸に係合する伝動体と連動する歯車について、「カセット嵌合部の側方に位置し」とだけ記載されていたのを、その一部がカセット嵌合部内に常時張出した状態にある構成のものに限定したものである。すなわち、上記訂正事項〈1〉により、カセット嵌合部の構成を小型カセットを上方から装填する構成に限定したのに伴い、伝達歯車(34又は35)について、図面の第3図及び第4図(別紙図面参照)に示す実施例に基づき、その一部がカセット嵌合部に常時張出した状態で設定されるものに限定し、小型カセットを上方から装填する動きに伴い小型カセットのテープ巻取用の歯車(23又は24)と噛み合う構成のものに限定するものである。

上記のとおり、訂正事項〈2〉は、訂正前明細書又は図面に記載された実施例に基づくものであり、この訂正により、記録再生機の駆動軸に係合する伝動体と連動する歯車について、カセット嵌合部内に常時張出した状態にある構成のもの以外は訂正前明細書の特許請求の範囲より除外されることになり、特許請求の範囲の減縮に当たることは明白である。

したがって、訂正事項〈2〉についての審決の判断は誤りである。

(3)  訂正事項〈3〉について

訂正事項〈3〉は、訂正事項〈2〉とともに、記録再生機の駆動軸に係合する伝動体と連動する歯車(34又は35)について、これを実施例に基づいて限定するものである。すなわち、訂正前の特許請求の範囲においては、小型テープカセットがカセット嵌合部に装填されたとき、伝動体からの動力をテープ巻取用の歯車に伝達すると機能的に規定されているだけであるのを、訂正事項〈1〉及び〈2〉と関連して、小型カセットの上方からの装填時における小型カセットのテープ巻取用の歯車(23又は24)との噛み合わせ状態を図面の第3図及び第4図に示す実施例に基づき具体的に限定するもので、この訂正により、記録再生機の駆動軸に係合する伝動体と連動する歯車について、例えばテープ巻取用の歯車と軸線方向と直角方向の移動で噛み合う構成のものが訂正前の特許請求の範囲から除外され、特許請求の範囲の減縮に当たることは明白であり、しかもこの訂正事項は、明細書、図面に記載された実施例に基づいたものである。

したがって、訂正事項〈3〉についての審決の判断は誤りである。

(4)  訂正事項〈4〉について

訂正事項〈1〉ないし〈3〉により、特許請求の範囲から把握される発明が上位概念の発明から下位概念の発明ないし実施態様の発明に限定されることになるので、上位概念の発明としてはその発明の作用効果とはいえなかった事項(具体化された実施例から認識できる作用効果として潜在している事項)が、技術的に限定を加えられた下位概念の発明ないし実施態様の発明としての作用効果に該当することになったものであり、訂正事項〈4〉は、訂正後の発明の効果を明確にしたものである。すなわち、訂正事項〈4〉の「両者を連結するために可動式の中間伝動装置を設ける必要がなく、部品点数が少なく簡単な構造のアダプターとすることができる。」という作用効果は、本件発明の携帯に便利な小型化されたテープカセットに付加するだけで、これが標準的テープカセットとして使用可能になるカセットアダプターを提供するとする目的に付随する副次的なものであって、本件発明の目的を逸脱するものではない。

したがって、訂正事項〈4〉についての審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1及び2は認める。同3は争う。審決の判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  訂正事項〈2〉について

出願公告時(訂正前)の特許請求の範囲に記載された発明は、「上記伝導体と連動すると共に上記テープカセットがカセット嵌合部に装填された時、伝導体からの動力を上記テープ巻取用の歯車に伝達する歯車」が「カセット嵌合部の側方」に位置することを必須の構成要件とするものであることは明らかである。

しかしながら、訂正事項〈2〉に係る「その一部が上記カセット嵌合部内に常時張出した状態で配置されている歯車」は、もはや「カセット嵌合部の側方に位置している歯車」ではなく、「カセット嵌合部の側方の範囲をはみ出して配置されている歯車」であって、訂正事項〈2〉は、本件発明の構成を全く異なる構成に変更するものであるから、特許法126条1項1号に従って訂正を許可し得る特許請求の範囲の減縮に当たらない。

原告は、訂正事項〈2〉は、伝達歯車(34又は35)について、図面の第3図及び第4図に示す実施例に基づき、その一部がカセット嵌合部に常時張出した状態で設置されるものに限定したものである旨主張している。

しかし、訂正前の特許請求の範囲に記載された発明は、伝導体からの動力をテープ巻取用の歯車に伝達する歯車について、「カセット嵌合部の側方に位置し」と規定しているだけであって、上記歯車を「その一部が上記カセット嵌合部内に常時張出した状態で設置する」ことについては全く規定していない。そして、訂正後の「その一部が上記カセット嵌合部内に常時張出した状態で設置する」という概念は、訂正前の「カセット嵌合部の側方に位置し」という概念とは相容れない全く別のものである。

また、上記歯車を、「その一部が上記カセット嵌合部内に常時張出した状態で設置した」場合には、一方の歯車を内歯車としたり、あるいは両歯車を軸方向に重なる状態で噛み合わせる等種々の実施態様が可能となるから、訂正事項〈2〉は、図面の第3図及び第4図に示す実施例に基づいて限定したものとはいえない。

(2)  訂正事項〈1〉及び〈3〉について

訂正事項〈1〉及び〈3〉は訂正事項〈2〉によって新たに導入された技術的事項と密接に関連する事項であり、さらに、訂正前の特許請求の範囲に記載された発明は、カセットの装填方向や歯車の噛み合う態様については全く規定していないから、訂正事項〈1〉及び〈3〉は、特許法126条1項1号で許される特許請求の範囲の減縮には該当しないものである。

(3)  訂正事項〈4〉について

訂正事項〈4〉は、訂正事項〈1〉ないし〈3〉により、新たに生じた作用効果であるが、前記のとおり、訂正事項〈1〉ないし〈3〉は、訂正前の本件発明の構成を異なる構成に変更するものであるから、訂正事項〈4〉は、もともと本件発明に潜在していた効果とはいえないものであり、本件発明に潜在していた効果が、訂正事項〈1〉ないし〈3〉により顕在化したとする原告の主張は失当である。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1及び2、審決の理由(1)ないし(3)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  訂正事項〈2〉について

〈1〉  まず、訂正事項〈2〉についての審決の判断につき検討する。

本件発明の出願公告時の明細書(訂正前明細書)の発明の詳細な説明には、「アダプター30の内部には、上記第1図に示したテープハブ3、4と内径部が同形、同大のテープハブ状の伝動体32、33が夫々回転自在に配設されていて、このテープハブ状伝動体32、33の下部には、夫々歯車34、35が同軸一体に固着されている。」(甲第8号証4欄18行ないし23行)、「超小型カセット20には、テープ巻ハブ21、22が回転自在に配設されていて、・・・このテープ巻ハブ21、22の下部には、夫々歯車23、24が同軸一体に固着されている。上記歯車34、35と23、24は、上記カセット20とアダプター30が組み合された時は、夫々かみ合うように形成されている」(同4欄24行ないし33行)と記載され、また、図面の第3図及び第4図(別紙図面参照)には、上記歯車34、35、23、24が平歯車であり、歯車34、35の歯部を含んだ一部がカセット嵌合部に常時張出した状態でカセット嵌合部の側方に位置している実施例が示されている。すなわち、訂正前の特許請求の範囲に記載の「記録再生機の駆動軸に係合して駆動される・・・伝動体と連動すると共に上記小型テープカセットがカセット嵌合部に装填された時、伝動体からの動力を(小型テープカセットの)テープ巻取用の歯車に伝達する歯車」が配置されるカセット嵌合部の側方位置について、図面の第3図及び第4図には「(歯車の)一部がカセット嵌合部内に常時張出した状態でカセット嵌合部の側方」であることが示されているのである。

訂正前明細書及び図面の上記記載によれば、訂正事項〈2〉は、訂正前の特許請求の範囲に記載の「カセット嵌合部の側方に位置し」という構成を、発明の詳細な説明及び図面に記載された実施例に基づいて、「一部が上記カセット嵌合部内に常時張出した状態で上記カセット嵌合部の側方に位置し」という構成に訂正するものであり、かつ、これにより訂正前の上記構成が減縮されるものであることは明らかであり、訂正前の特許請求の範囲の記載に基づかない新たな構成要件を付加するものであるということはできない。

したがって、訂正事項〈2〉についての審決の判断は誤りである。

〈2〉  被告は、訂正前の特許請求の範囲に記載された発明は、伝動体からの動力をテープ巻取用の歯車に伝達する歯車について、「カセット嵌合部の側方に位置し」と規定しているだけであって、上記歯車を「その一部が上記カセット嵌合部内に常時張出した状態で設置する」ことについては全く規定していない旨主張する。

しかしながら、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正は、訂正前の特許請求の範囲に記載されていない構成要件を付加するものであっても、その構成要件を付加することにより、訂正後の特許請求の範囲が訂正前のものに比較して結果的に減縮されていれば、実質上特許請求の範囲を変更するものでない限り、訂正要件を具備するものといえるから、単に本件発明の訂正前の特許請求の範囲に「その一部が上記カセット嵌合部内に常時張出した状態で設置する」ことが規定されていないことをもって、特許請求の範囲の減縮に該当しないということはできず、被告の上記主張は採用できない。

また被告は、訂正後の「その一部が上記カセット嵌合部内に常時張出した状態で設置する」という概念と、訂正前の「カセット嵌合部の側方に位置し」という概念とは相容れない全く別のものである旨主張する。

しかしながら、訂正前の「カセット嵌合部の側方」は、「伝導体からの動力を(小型テープカセットの)テープ巻取用の歯車に伝達する歯車」がカセット嵌合部に対して位置する場所を意味するものであることは訂正前の特許請求の範囲の記載から明らかであり、また、訂正後の「その一部が上記カセット嵌合部内に常時張出した状態」も「伝導体からの動力を(小型テープカセット)のテープ巻取用の歯車に伝達する歯車」がカセット嵌合部に対して位置する場所を意味するものであることは訂正後の特許請求の範囲の記載から明らかである。

そうすると、訂正後の「その一部が上記カセット嵌合部内に常時張出した状態で設置する」という概念と、訂正前の「カセット嵌合部の側方に位置し」という概念とは、いずれも歯車がカセット嵌合部に対して位置する場所を意味する点において、相容れない別のものであるということはできず、被告の上記主張は採用できない。

さらに被告は、歯車を、訂正後の「その一部が上記カセット嵌合部内に常時張出した状態で設置した」場合には、一方の歯車を内歯車としたり、あるいは両歯車を軸方向に重なる状態で噛み合わせる等種々の実施態様が可能となるから、訂正事項〈2〉は、図面の第3図及び第4図に示す実施例に基づいて限定したものとはいえない旨主張する。

しかしながら、訂正を求める事項がその要件を具備するか否かは、訂正前の明細書や図面の記載を基準として判断すべきであり、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正の適否についても、訂正を求める事項が訂正前の明細書又は図面に記載されているか否か、あるいは記載されているに等しい事項か否かを考慮し、かつ、訂正前の明細書又は図面の記載を基準として、その訂正事項により特許請求の範囲が減縮されているか否かを判断すれば足りるものと解すべきである。そして、訂正後の技術的事項により、訂正前の明細書又は図面に記載されていない種々の実施態様が可能となるからといって、そのことをもって訂正事項が訂正前明細書又は図面に記載した実施例に基づいて限定したものとはいえないということはできない。なお、被告が主張するように、訂正を求める事項である「一部が上記カセット嵌合部内に常時張出した状態で上記カセット嵌合部の側方に位置し」という構成により、訂正前明細書又は図面に記載されていない実施態様が可能であるとしても、そのような実施態様は、訂正前の「カセット嵌合部の側方に位置し」という構成においても同様に可能なものであって、訂正により新たに可能になったものとはいえない。

したがって、被告の上記主張は採用できない。

(2)  訂正事項〈1〉について

〈1〉  訂正前明細書には、カセット嵌合部の構成について、「上記アダプター30の超小型カセット20との嵌合部43の底面中央部には、上記カセット20のテープ巻ハブ21、22に嵌合し、カセットの位置を決める、位置決めピン41、42が夫々相対応する位置に植立されている。・・・上記ピン41、42は、上記カセット20のテープ巻ハブ21、22を、アダプター30と組み合せた場合、それらをそれぞれの所定の位置に配置するためのものである。」(甲第8号証4欄44行ないし5欄12行)と記載され、図面の第4図にはカセット20とアダプター30を分離した図が示され、アダプター30にはT字状を呈する嵌合部43に2本の位置決めピン41、42が底板から上方に向けて立設されていることが示されている。しかし、同明細書には、小型テープカセットのカセット嵌合部に対する挿入について、「カセット20が、ビデオ撮影機から取り外され、アダプター30のカセット嵌合部43(第4図参照)に、テープ巻ハブ21、22が、ピン41、42に嵌合するようにして挿入される。」(同5欄43行ないし6欄3行)と記載されているだけで、どの方向から装填するのかについて明示する記載はない。

そこで、アダプター30に対するカセット20の挿入方向について検討すると、第4図に示されたアダプター30にはその上面と側面に開口部分が設けられ、カセット20を装填するには開口部分を介しなければならないことは明らかであるから、カセット20の装填はアダプター30の側方からするか、あるいは上方からするかしかないといえる。しかし、側方から装填する場合、アダプター30の底板から上方に向けて立設されている位置決めピン41、42がカセット20の側端部の挿入を阻止し、また、カセット20に設けられたテープ巻ハブ21、22が、ピン41、42に嵌合できないことは明らかである。

そうすると、カセット20をアダプター30の嵌合部に装填するには、上方からの装填しかあり得ないのであるから、訂正事項〈1〉に係る「小型テープカセットを上方から装填するためのカセット嵌合部」という技術的事項は、「小型カセットを装填するためのカセット嵌合部」の実施例として訂正前明細書及び図面に記載されているに等しい事項であるということができ、訂正事項〈1〉は、カセットの装填方向を訂正前明細書及び図面に記載されている事項に等しい実施例に基づいて減縮するものであることは明らかであり、訂正前の特許請求の範囲の記載に基づかない新たな構成要件の付加であるということはできない。

したがって、訂正事項〈1〉についての審決の判断は誤りである。

〈2〉  被告は、訂正事項〈1〉は訂正事項〈2〉によって新たに導入された技術的事項と密接に関連する事項であり、さらに、訂正前の特許請求の範囲に記載された発明は、カセットの装填方向については全く規定していないから、特許法126条1項1号で許される特許請求の範囲の減縮には該当しない旨主張するが、訂正事項〈2〉が特許請求の範囲の減縮に該当するものであることは上記(1)に説示のとおりであり、また、訂正事項〈1〉も同様に特許請求の範囲の減縮に該当するものであることは上記〈1〉に説示のとおりである。

(3)  訂正事項〈3〉について

〈1〉  訂正前の特許請求の範囲に記載の「テープ巻取用の歯車」と「伝導体からの動力を上記テープ巻取用の歯車に伝達する歯車」との噛み合いの態様について、訂正前明細書には、「上記カセット20とアダプター30が組み合された時は、夫々かみ合うように形成されているが、両者が組み合されるに際して夫々の歯車の歯部が干渉してかみ合わない場合のために、例えば、上記歯車34がばね等の弾性体(図示されず)の弾力に抗して押し下げられるように、第4図に示すように、アダプター30の底面に上記歯車34の逃げの凹部44を設け、歯車34を弾発的に支持し、歯車34が歯車23にかみ合わず、一旦押し下げられても例えばテープハブ伝導体32の回転により歯車34が回転し、歯車23をかみ合えば、自動的に浮上するように構成される。歯車33についても同様に構成されている。」(甲第8号証4欄31行ないし44行)と記載されている。すなわち、訂正前明細書及び図面には、訂正前の特許請求の範囲に記載の「上記伝導体と連動すると共に上記小型テープカセットがカセット嵌合部に装填された時、伝導体からの動力を上記テープ巻取用の歯車に伝達する歯車」の実施例として、訂正後の特許請求の範囲に記載の構成である「上記伝導体と連動すると共に上記小型テープカセットが上記カセット嵌合部に装填されたとき上記テープ巻取用の歯車と軸線方向の移動で噛み合って上記伝導体からの動力を上記テープ巻取用の歯車に伝達する歯車」が記載されているのである。

そうすると、訂正前の特許請求の範囲における「上記伝導体と連動すると共に上記小型テープカセットが上記カセット嵌合部に装填された時、伝導体からの動力を上記テープ巻取用の歯車に伝達する歯車」という記載部分を、「上記伝導体と連動すると共に上記小型テープカセットが上記カセット嵌合部に装填されたとき上記テープ巻取用の歯車と軸線方向の移動で噛み合って上記伝導体からの動力を上記テープ巻取用の歯車に伝達する歯車」とする訂正事項〈3〉は、歯車の噛み合わせの態様を訂正前明細書及び図面に記載された実施例に基づくものとしたものであって、訂正前の特許請求の範囲を減縮するものであることは明らかであり、新たな構成要件を付加するものであるということはできない。

したがって、訂正事項〈3〉についての審決の判断は誤りである。

〈2〉  被告は、訂正事項〈3〉は訂正事項〈2〉によって新たに導入された技術的事項と密接に関連する事項であり、さらに、訂正前の特許請求の範囲に記載された発明は、歯車の噛み合う態様については全く規定していないから、特許法126条1項1号で許される特許請求の範囲の減縮には該当しない旨主張するが、訂正事項〈2〉が特許請求の範囲の減縮に該当するものであることは上記(1)に説示のとおりであり、また、訂正事項〈3〉も同様に特許請求の範囲の減縮に該当するものであることは上記〈1〉に説示のとおりである。

(4)  訂正事項〈4〉について

訂正事項〈1〉及び〈3〉は、訂正前の明細書又は図面に記載された実施例に基づいて訂正前の特許請求の範囲を減縮するものであるから、訂正事項〈1〉及び〈3〉が訂正前の特許請求の範囲から逸脱するものではなく、新たな構成要件を付加するものでもないことは、上記(2)、(3)に説示したとおりである。

訂正前明細書には、本件発明の目的について「最近一般家庭に普及しているビデオプレーヤーで再生せんとすると、テープカセットは標準型しか合わないため、別に小型化されたテープカセット用のビデオプレーヤーが必要となる。しかし、これは不経済なことであり、一般家庭ではそのような余裕がない。本発明の目的は、このような欠点を解消するために、携帯に便利な小型化されたテープカセットに附加するだけで、これが標準型テープカセットとして使用可能になるカセットアダプターを提供するにある。」(甲第8号証2欄3行ないし13行)と記載されているところ、訂正事項〈1〉及び〈3〉により訂正された発明が、訂正前の本件発明の上記目的を同様に達成することができるものであることは明らかである。

そして、訂正事項〈1〉及び〈3〉により、「小型カセットのテープ巻取用の歯車」と「(カセットアダプターに設けられて)伝導体からの動力を上記テープ巻取用の歯車に伝達する歯車」とを噛み合わせる態様を限定したことに伴い、両者を連結するための中間伝導装置を設ける必要がないことは明らかであり、中間伝導装置を必要としなければ、部品点数が少なく簡単な構造のものとなることも自明である。

そうすると、訂正事項〈4〉で付加された作用効果は、訂正前の本件発明の目的の範囲内において、特許請求の範囲の減縮に伴って付随して生じる副次的なものということができるから、これを訂正前の本件発明の目的を逸脱するものとみるのは相当ではない。

したがって、訂正事項〈4〉について、新たな作用効果を付加し、新たな目的を発生させるものであって、本件発明の目的を逸脱するから、本件発明の特許請求の範囲を実質上変更するものであるとした審決の判断は誤りである。

(5)  以上のとおりであるから、「本件訂正審判の請求に係る訂正は、本件発明の特許請求の範囲の減縮に相当するものでもなく、また、本件発明の特許請求の範囲において新たな構成要件を付加することにより実質上特許請求の範囲を変更するものであるから、特許法126条1項1号及び2項の規定に違反するものである」とした審決の判断は誤りであり、原告主張の取消事由は理由がある。

3  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例